今日、午前中一人で過ごす時間があり、子宮頸がんの検査結果のことを考えて居たら、どうにもいろんな事が不安になって来て、悲観的になり、
長い長いネガティブログを書き上げてしまった。
これは、正直な自分の気持ちであって、心の底からの言葉だったのだが、このゆるゆるごきげんと謳っているブログにて、
公開しようか迷いどころだった。
でも、結果的に、今日はとてもいい日になったので、少し恥ずかしい心の叫びと、今日あった事や気付きを載せておこうと思う。
以下、ネガティブログ。長いので、面倒な方はとばしてください。
どこまでの自分が本物なのか解らなくなる。
もしも、本当に困った時、助けが必要な時に、私のことを本当に心配して、愛して助けてくれる人はどれくらいいるだろう。
人との関係。
私は、人と本物の関係をどのくらい結べているだろう。
ベスト・パートナーになるために―――男と女が知っておくべき「分かち愛」のルール 男は火星から、女は金星からやってきた
本当の自分って何だろう。
どのくらい自分を殺しているんだろう。
それも解らなくなった。
自分に子宮頚の異常が見つかって、
もし仮に、手術をするってなった時に、
お金のことや、大変さよりも、私を一番に心配して、助けてくれる人はいるだろうか。
一番に頭に浮かぶのは母親の姿。
母は私を愛している。
母と子は、お腹の中からずっと繋がっている、切れない絆で結ばれているとは本当だと思う。
そう思えば子供は?
二人の子供たち。
まだ小さい。
助けが居る。
母親の愛情がいる。
子ども達の為にはまだまだ死ねない。
子ども達には私が必要だ。
じゃあ私の旦那はどうだろう。
この時に引っかかってしまう。
旦那がロタウイルスで入院すると決まった時、
私に旦那が言った言葉は、入院費がいくらかかるか。だった。
自分が脱水症状で、水分も満足に摂れない時に、旦那はお金の心配をしていた。
そんな事言っている場合じゃないのに。
そんなにお金にブロックがあるのか。
私が、ここに越したくないと言った時にも、私の希望よりも、自分を押し通した。
私は、旦那と本当に心からの関係を作れていないのかもしれない。
私が困った時、入院すると決まった時、万が一手術をしなければいけなくなった時、
旦那は、お金のことじゃなく、自分の面倒とかじゃなく、本当に私を大切に思って、私の下着を洗って、洗濯を運んで、
大丈夫だよ。何も心配しなくていい。一緒に頑張ろう。愛している。と言ってくれるだろうか。
ここに居ると寂しさを感じる。
私を本当に愛している人は居るのだろうか。
普段は自分をごまかして、考えない様にしているけど、
今日みたいな日は、実家で母とじっくり話したくなる。
現に、検査結果を聞きに行く日を、身近な人に伝えていた。
でも、忘れていたのか、結果を聞きに行く日にも、何日か経っても何も聞かれなかった。
私が打ち明けるまで、多分忘れていた。
実の娘なら、心配して、指折り数えて結果がまだかと心配するだろう。
そう考えたら、やっぱり。と思って、
本当に私を心配していないと思った。
ペーパーブランクス ノート モネ 睡蓮 B6 罫線 PB1209-2
私は、何でも一人でやればいいと、頑張ってしまう。
一人で抱え込んで、大変なのに無理して動く。
「きっとあの人は解ってくれない。」
そうやって諦めているみたいだ。
なんでそんな思考になるんだろう。
自分は本当の意味で、人に愛されないと思っているんだろうか。
子どもの頃は、大人はみんな完璧に見えた。
大人はみんな完全は愛を持っていて、私を愛してくれるものなんだと思いこんでいた。
大人になるにつれて、大人はみんなが自分を愛していない事に気付いた。
どうしてこんな気持ちになっているのか解らないけど、
私は、大人になるまでに、たくさん傷ついて、人を信じられなくなっているみたいだ。
ある時から、自分にいい子の仮面を被って、カメレオンみたいに人の話に合わるようになった。
自分の本当の意見や、気持ちを言わなくなった。
その方が、傷付かないと学んだのかもしれない。
そうやって、人に本音を話す事が少なくなった。
人に会えば笑顔を創って、うまい具合に意見を合わせる。
そして自分の本音は隠したまま、薄っぺらな人間関係を創って来た。
話せば話すほど悲しいけど、これが自分の本音なのかもしれない。
そうやって、一人ぼっちだと思って生きて来ている。
それに、今気付いてしまった。
と、こんな具合で、ネガティブログを書き上げ、どうにもこうにも居られなくなった時に、ちょうど旦那が帰宅。
ドアが開ける音がして、半泣きの私。やばい。
しかし、心の叫びを書きなぐった後だったので、
えいやー!!もう白状してしまえ。と旦那に泣きついて、いくつかの感情的な、しかも結論的な、よくまとまらない質問をぶつけていた。
「もし、私が子宮頸がんだったら、入院したら、面倒くさいって思わないで、病院までパンツ洗って持って来てくれるの?」
「はい?いきなり何を言うんだ。」という感じで、「いつもパンツ洗ってるじゃん。」と言われた。
そして、「子宮頸がんのことは検査結果を聞いてからじゃないと解らないでしょう。」と。
「あたりまえだろ。」と。
そして、次の質問は、
「もし、飲んだら死ぬ薬があって、私とパパ(旦那)のどちらかが飲まなきゃいけなくなったら飲める?」
もう。私は何を言っているのだ。
でも、そんな質問だけど、自分は愛されているのかを確認したくて、究極で、しかも生涯生きて、そんな状況は起こらないだろうと誰しもが解る、しかし、私には重要な、勝負にでた。
パパの答えは、「飲めるよ。もし相手がこども達でも飲むよ。」と言った。
「俺って想像力豊かだから、普段からそうゆう想像してるよ。」とか言った。
「ほんとに?ぱぱの命より、ままのこと大事?」
その後も、愛情を確認したくて、たくさんの質問をした。
自分は本当にパパ(旦那)から愛されているんだろうかと言う自信の無さが、ずっとあった。
いざとなった時に、守ってくれるのだろうか。
大事に思ってくれているのだろうか。
今のくだりはのろけの様に感じるかもしれないが、
のろけです。
そして、何かの質問で、
「愛してるよ。だから結婚したんだろ。」
と、結婚して初めて
「愛」なんてワードをパパの口から聞いて、
心の不安が、すーっと消えた。
ずっと持っていた不信感がすーっと消えた。
子宮頸がんの結果を聞くのは怖いけど、なんだか心のつかえが取れた様に
すーっとした。
一人で頑張らなくていいし、安心していいんだと思った。
パパと本当の夫婦になれたような気がした。
子宮頸がん検診の騒動から、
今まで持っていた、心の解決しなきゃいけなかった問題が一つ一つ解決していった。
やっぱり、私には必要な事だったと思う。
解っているのに、ずっと見ないフリしてやり過ごして、我慢して、不安を抱えていた。
こうやって、強制的に、立ち止まって向き合わされないと、私は我慢し続けていた。
全て、起こることは、必要で最善なんだと思った。
わたしは愛されてたんだ。と気付いた。
[…] 全て起こることは、必要で、最善だった。強制的にストップがかかって気付けたことは、「愛されていた。」と言う事。 (adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); […]